それはそれは大層昔、
私がまだ小学校低学年の頃。
近所(といっても2キロはあった。ぅん)の友達の所へ自転車で遊びに向かった私は
あと少しで目的地に着くという地点で
左カーブが急な道路の左側を走ってました。
そしたらカーブの向こうから黒い車が来て
真っ正面からドコンですよ。。
全身打撲、膝は擦りむいて手も擦りむいて、痛ったーと立ち上がると、助手席からオッサン降りてきて、
『危ないだろばかやろう!』
と怒鳴り付けました。。チーン
今なら黙ってませんけど、当時は若かったので、すみません、と返して、トボトボ家路に。
当然自転車はぐしゃぐしゃなので、その塊を引きずって、ついさっき颯爽と走って来た道を戻ったのでした。
家の敷地に入るなり、
家の工場できざみ仕事をしていたパパが(←大工です)
『どうしたんだおまえそれっっっ!!』
『車とぶつかった。』
『なにぃぃぃぃ!!!そんでむこうはなんだって!!』
『あぶないだろばかやろうっていっちゃった。』
『弱者保護なのになんてやろうだ!警察いくぞ!』
もうほんと全身痛いのに今度は車に乗せられて、近くの交番へ。
念のため現場検証もすると、忌々しいカーブへでむいて。
お巡りさんには相手の特徴など聴取されて、
わかることは習志野ナンバーのディアマンテ(黒)ということくらい。(昔から車が好きだったので、三菱ディアマンテも知ってました(笑))
お巡りさん
『まー、習志野ナンバーのディアマンテということだけですと、ちょっとむずかしいですねぇ。』
と言われて、私よりも腑に落ちないパパ。
その夜、家に帰ると
『お前、絵がうまいんだから、似顔絵描けるだろ、』
そう言われ、その辺にあったメモ用紙にさらさらっと。
それを見たパパは大笑い!
『いくらなんでもこんなの居ないだろ!!これじゃ落武者じゃないか!!!』
『だってほんとにそんなだったもん!』
それから3ヶ月。
いつでも主語がないうちのパパが
高笑いで家に入ってきました。
『ぉい!みつけた!見つけたぞ!いた!ほんとにいた!がははは!』
全員一致で
『なにが!?』
パパ
『あれだよ、落武者!!俺な、円が描いた似顔絵、軽トラに貼ってたんだよ、土場に行く途中に犬の散歩したじじいがいて、どっかで見たことあると思って後つけてったら、家に習志野ナンバーのディアマンテが停まってたんだよ!がははは!』
執念である。
あんなにバカにした似顔絵をまさか。軽トラに貼っていたなんて(笑)
そんなナンバーだからと警察は端から捜査もせずにたかをくくっていたらしい。
パパに怒鳴り込まれておずおずしていたらしい。
そして警察から先方の落武者へ電話が行き、
直後にうちに謝りに来ました。
当然パパにもでかく怒られた落武者。
後日落武者夫婦からもらったお金で、新しい自転車を買いに行ったのですが、
一番安いやつを選ばれてショック大の私。
そしてお釣りを持たされて姉と落武者の家に。(事故現場の目と鼻の先)
ありがとうございます、お釣りです。
そういって奥さんにお金を渡すと、しっかり受け取って仕舞う。(笑)
『本当に悪かったわね、私たちもびっくりしちゃって、でもまた遊びに来てちょうだいね!』
今思えば社交辞令というものだったんでしょうけども、行かないよねー・・・
ママは老夫婦二人で寂しかろうに、たまには遊びに行きな、と。
怪我も跡形もなく治って、全て丸く収まったわけですが、
私が描いたしょうもない似顔絵を
毎日見て犯人を探し当てた父。
もらったお金で一番安い自転車を買った母。
私はナイスな家庭に育ったものであります。
残念ながら落武者の似顔絵はもうないのですが。
私の中でのビッグな思い出につき、なぜとっておかなかったのか(そして本人の写真も)
それだけは悔やまれます。(笑)